Workaholic Tokyo

京都大学を卒業後、ワーカホリックな日々を送る黒澤のブログ

日本の会社は外資系企業に比べて生産性が低いと言われている。データもある。日本生産性本部の出しているデータを見てみると、アメリカ企業の生産性を100とした場合、殆どの業種で日本企業の生産性はアメリカ企業に大きく劣っている。


(参考)日本生産性本部


日本企業の生産性を低下させている要因とは一体何なのか。

まず日本独特の新卒採用について考えたいと思う。日本の、特に大企業のほとんどが新卒一括採用をしていると思う。新卒者を採用した場合、当然ながら最初はトレーニングを施さなければならない。当然ながら生産性はゼロ。にもかかわらず、会社はその新人に給与を支払わなければならない。何に対する対価なのか?その分だけ、やはり生産性が低下していると言わざるを得ない。せっかく効率化を進め、少しでも生産性向上に貢献しようと取り組んできたにもかかわらず、一気にパーになってしまうのである。アメリカ企業では、生産性がゼロの人に給与を支払うという概念がそもそも無いという。では、アメリカの採用事情はどうなっているのか?

アメリカでは大学に入った瞬間から就職活動の準備が始まるという。その「準備」とは、ほぼ全てがインターンとして企業に入り込む形で行われている。アメリカ企業のHPを見てみると、企業の各部門でインターン制を募集している。アメリカの夏休みは3ヵ月あるので、その期間に、行きたい企業の行きたいディビジョンでインターンとして研修を受けるのである。ほとんどの場合、無給で。こうして1~2年ほどの経験をつめば、大学を卒業し本当に入社するころには一定戦力として計算できる状態になっている。スキルがある上に、会社のカルチャーも一定理解しているはずなので、入社後に「こんなはずではなかった…」というギャップも発生しにくく、研修コストが無駄になる可能性も低い。日本の大企業で行われている「なんちゃってインターン」とは訳が違うのである。あんな数日のお遊びには意味がない。


上の記事にもあるように、研修を代行で終わらせている企業もあるといいうから驚きだ。入社後のロイヤリティ低下は著しいものとなるであろう。そのリスクを踏まえたうえでの決断なのか、甚だ疑問を感じざるを得ない。

また、日本企業では「ヘッドカウント」という考え方が徹底されていない場合も散見される。ヘッドカウントとは、すなわち「社員数」のことである。事業規模が10億円の部署に100人の社員を割くことはできない。外資系企業では、ヘッドカウントを極限まで絞り込むことで生産性を上げている。売り上げが目標に届かない見込みになったとしたら、コストを下げて利益だけでも確保しにいく。それが経営者にとって自らの処遇を守ることに直結しているからである。日本のように、株主総会で謝罪、次期で挽回する等と発言すれば許されるようなぬるいものではない。逆に言うと、売り上げを確保できなくても利益さえ上がればアメリカの株主は満足するのである。利益を確保できない経営者は、まず間違いなく退任しなければならなくなるのだ。

経団連は新卒採用の禁止を通達するぐらいのことをしなければならないだろう。そして、他にも様々な手段を講じて、労働力の流動性改善を図るべきである。人材の新陳代謝を図るためには、入り口だけでなく出口の制度も整える必要がある。アメリカのように、企業に「解雇する自由」を保障するべきである。これを「非情」だというのはお門違いだ。解雇されるのは、利益が出ていないディビジョンや、その会社で十分に能力が発揮できていない従業員である。仕事は人生の大半を占めるもの。衰退が避けられなかったり、輝けない場所に拘束されることよりも、その会社から自由になれるほうが従業員にとっても良いはずだ。

既存の労働者の流動性を高めつつ、新卒一括採用を含めた人材雇用のルール見直しは、日本企業の生産性向上にとって不可欠であろう。近い将来、必ずこの方向性に進んでいくようになるはずだ。


給料を貰いながら仕事を教えてもらった我々新卒採用者は世界で見ても稀に見る幸運を享受したことを自覚すべきだ。その自覚がなければ、今後の社会を生き抜く武器を身に付けなければならないという危機感は永遠に生まれず、敗者として人生を過ごすことになるだろう。


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