Workaholic Tokyo

京都大学を卒業後、ワーカホリックな日々を送る黒澤のブログ

長崎の旅、2日目。前日は最高のサッカーの試合を観戦することが出来ました。この日は、あの「軍艦島」へと向かいます。



軍艦島へはフェリーで向かいます。完全な観光用です。様々な国の観光客と乗り合いで向かいます。

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軍艦島へと向かう前の航海も結構面白いです。海岸にある造船所を見ることが出来るからです。

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この日はイージス艦を見ることができました。本当に大きく、重々しい雰囲気がかっこよかったです。

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この造船所軍は実は歴史的価値も非常に高く、この一帯は世界遺産にもなっているそうです。

三菱重工業長崎造船所(みつびしじゅうこうぎょう ながさきぞうせんじょ)は、長崎県長崎市と諫早市にある三菱重工業造船所工場。正式名称は三菱重工業株式会社長崎造船所。略称長船(ながせん)。長崎造船所のうち、小菅修船場跡、第三船渠、ジャイアント・カンチレバークレーン、旧木型場(現在は史料館)、占勝閣の5資産が世界遺産明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」(全23資産)の構成資産となっている。


wikiを開いたついでに、そもそも「軍艦島」とは何なのか、予習しておきましょう。

我々が「軍艦島」と呼んでいる島ですが、正式な呼称は「端島(はしま)」と言います。

端島(はしま)は、長崎県長崎市(旧西彼杵郡高島町)にある島です。明治時代から昭和時代にかけて海底炭鉱によって栄え、1960年代には東京以上の人口密度を有していましたが、1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島になり現在に至ります。

日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅があることでも知られています。要は最先端の科学技術で作られた炭鉱の島だったのです。

1810年頃から石炭の採掘がはじまったそうですが、1890年(明治23年)、端島炭鉱の所有者であった鍋島孫太郎(鍋島孫六郎、旧鍋島藩深堀領主)が三菱社へ10万円で譲渡しました。端島はその後100年以上にわたり三菱の私有地となりました。学校や水路など、基本的な住環境が次々と整えられていったそうです。


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三菱を創った男 岩崎弥太郎






しばらくフェリーに揺られていると、遠くに軍艦島が見えてきました。


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本当に軍艦のように見えるのです。私も含め、観光客は一斉にシャッターを切ります。

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そして、いよいよ上陸します。



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ここに人々が生き、日本を支えていたと思うと胸が熱くなりました。もちろん、光の部分があれば闇の部分もあるわけで、元住人の方々はあまり多くを語ろうとはしないそうです。ですが、確かにここに、人々が熱く生きていた。その現場を目の当たりにすることができて、本当に幸せだと思いました。廃墟を見てワクワクするだけの場所では決してないのだと思います。









長崎の旅はまだまだ続きます。

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