Workaholic Tokyo

京都大学を卒業後、ワーカホリックな日々を送る黒澤のブログ

私は京都大学に通っていました。必然的に友人の多くも京都大学に通っていました。(今はどうなのか知りませんが、)京都大学という環境は男性が圧倒的に多数を占めており、生物学的女性は少数派でした。私は男女によって学力の差があるとは思っていません(そもそも京都大学レベルであれば、一定の努力をすれば誰でも合格することができます。私自身が証左です。)ので、単に受験者の段階から割合が固まっているのでしょう。京都大学は男に人気のある大学と呼べるのかもしれません。

そういった環境もあってか、京都大学に入学した者の多くは京都女子大学や同志社女子大学の女学生と交際する場合が多いようです。他人事のように語っていますが、当時の私も勿論そうでした。出会いの場所はサークルです。他にありません。

(過去の恋愛を書いた記事↓)


私は運がよかったです。なぜなら、女性の比較的多いサッカーサークルに入ったから。これがもし違う環境だったらと思うと…少しぞっとします。もしかすると、今も童貞だったかもしれません。

京都大学という環境を俯瞰的に見た時、私という人間は少し特殊だったし、得をしていたということだろう。彼女が出来なかったとしても、そのことを変に卑屈に思う必要はないし、将来彼女が出来るのか心配する必要なんてない。それは普通の事なのだから。

私の友人も大変な苦労をしていたようだ。学生だった当時は苦労を感じさせなかった。なぜなら彼らは毎晩ゲームに興じていたから。彼女が出来ない者同士で群れていた。時間があった(いや、時間は無限にあると錯覚していただけだが)ので群れることができた。しかし社会人になってからはどうだ。それこそ、初期の頃は学生時代と変わらず毎晩のようにゲームに興じていたように思う。ところが、である。ある時から彼らも彼女を欲しがるようになった。社会に出て数年経つと、やはりどんなに仲の良い友人同士であったとしてもキャリアに明確な以外が生じてくるものであり、そこを起点として徐々に生活リズムや、1日のうちに使える時間が変わってきて、一緒にゲームをする時間が無くなってくるものである。そうすると孤独を感じるので、ある者は恋愛をして彼女を作ろうとし、ある者は頑なに拒んでいたはずの労働社会に身を投じる決意をするのであった。

労働の方は己の努力次第でどうにでもなるものと思っています。就きたい仕事があるのであれば挑戦してみればいいし、高い給与を求めるならそれなりのスキルを身に付けて、それなりの会社に就職すればいいのです。すべては基本、自分次第だと思っています。しかし、恋愛は少々事情が異なってくるものと考えています。男ばかりが出会いたいと思っていても、それに応えてくれる女性がいなければダメなのです。しかもです。実は仕事以上に、恋愛に対して妥協することが難しいのです。それが人間という生き物なのです。



妥協することなく、多くの女性に出会う術があるのか。今まで非モテだったキモ男が。それがあるのです。現代テクノロジーの結晶「マッチングアプリ」なのです。私の友人の多くがマッチングアプリを使っています。特に私の友人の一人である鮫島くんは、マッチングアプリで運命の人を見つけています。

さらに現在進行中の恋愛を続けているのが、ウォッカくん(http://blog.livedoor.jp/vodka_blackcrow/)です。彼は一時、風〇店に通うために生きているかのような生活をしていたといいます。彼もまた、長きにわたって(少なくとも、恋愛面においては)冬の時代を過ごしてきた男なのです。そんな彼もマッチングアプリで何人かの女性と出会っています。正直、学生時代の女っ気のなさからすれば信じられない現状です。時折見せる非モテコミット具合にやや心配になる場面もありますが、彼は彼なりに着実に進歩しているということができるでしょう。毎年、何回かは集まる機会のある我々ですので、そのうちその会に配偶者を連れてくる、なんてことも現実になるやもしれませんね。

さて、この記事で伝えたかったことは、たとえ今、非モテな学生時代を送っているとしても何も心配など要らないということです。ひとたびマッチングアプリに登録してしまえば、たくさんの出会いの機会に恵まれるということです。何も心配しなくていい。受験生ならば受験勉強に、大学生なら恋愛以外の今しかできないことに邁進するべきです。

ただし、です。一定のスペックを保有していることが、マッチングアプリを活用するうえでは重要になってきます。一定のスペックとは、学歴、仕事、年収、資産などです。特に前者は高校生、大学生の期間に努力すれば誰でも如何様にでもできる領域だと思います。わずか数年の努力でその後の人生に大きくレバレッジを効かせることができるのです。なぜ努力しないのか、その理由を見つけるほうが極めて困難でしょう。スペックは無いよりもあるほうが良い。それを活用するかしないかは自分で選べばいい。スペックがないのに「俺にはスペックなんて必要ない」と言われても、はっきり言って強がりにしか聞こえませんので。誰にも何も言わせないためには何らかの実績が必要になると思います。そのために貴重な時間を使っていけばいいのではないか。そんな風に考えています。







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