今回の記事では、私が京都大学を志望し、浪人生活を送った時の話をしたい。この季節になると、何年たっても思い出すものである。残念ながら、我が人生のピークであった。これからまたピークを迎えるために日々研鑽してはいるものの、あの頃の輝きには遠く及ばないと思う。それほど輝いていたし、故に今でも鮮明に思い出すのである。







現役時、不合格の現実
私はこう見えて、現役時代も京都大学を受験したのである。

しかし、結果はあえなく敗北。大きな挫折を味わうことになった。私にとって幸いだったのは、友人たちの多くも私と同様に志望校に落ち、浪人することが確実視されていたことだった。そのこともあって、国公立後期試験も全く身が入らないものとなった。京大の合格発表後、私の緊張の糸はぷっつりと切れてしまったのである。





堕落した春休み
浪人が確定し、駿台予備学校での授業が始まるまでの春休み期間、非常に堕落した生活を送っていた。中でも友人宅で半ばキャンプのような形でBBQをしたのは非常に良い思い出だ。そのBBQは今でも毎年続く恒例行事になった。

堕落しきっていたので当然勉強など一切していませんでした。





駿台予備学校への入学
堕落しきった春休みを終え、私は駿台へと進学した。ここからはエンジンをかけ、トップギアで駆け抜けた。平日は駿台のテキストの予習と復習。土日も予習復習に加えて、現役時代に使っていた参考書を徹底的にやり込んだ。朝9時から夜9時まで駿台で勉強に励んだ。時には友人たちと体を動かし、適度にリフレッシュもした。

当時の目標京大実戦模試、京大オープン模試でのA判定獲得だった。
なお、現役時はC判定だった。





上期を駆け抜け、夏期講習へ突入
そんなこんなで駿台の授業の予習復習+αの取組によって上期はアッという間に終わった。基礎の反復って大切ですね。当面の目標にしていた京大実戦、京大オープンに向けて、京大過去問を少し解いてみたが、めちゃめちゃ出来るようになっていた。とりわけ英語の進歩が顕著だった。どの教科に力を入れるかは、人それぞれ戦略にもよりけりだとは思うが、英語は最も重要だと思う。勉強し始めれば意外にすぐに身につくし、試験で大外れすることもない。安定した得点源になるのだ。

夏期講習では、時間を持て余さないようとりあえず講習を入れられるだけ入れた。予習復習も含めて、より一層タイトな日々となったが、普段の授業と同じ講師陣を選択することによってあまりリズムを崩すことはなかった。そして、京大実戦模試、京大オープンを迎えるに至った。




5月ころ、当時の彼女と別れた。





夏の京大実戦、京大オープン
夏の京大実戦、オープンは浪人生が圧倒的に有利である。A判定は目標だと言ったが、実はノルマである。この時点でA判定を獲れない浪人生は、相当な危機感を持ったほうがいい。圧倒的有利な状況での敗北は油断以外のなにものでもない。

並々ならぬ決意をもって、私は両模擬試験に挑んだ。










結果は・・・


































いずれもA判定だった。

当面のノルマをクリアし、私はほっと息をついた。正直嬉しい気持ちもあった。しかし、私はここで気を緩めることはなかった。上期、感情を無にして勉強に取り組んできた成果だ。私は勉強サイボーグになっていた。無感情に淡々と、冬に向け、また力を蓄えていった。





下期開始
夏が終わり、下期の講義が開始された。相変わらず授業の予習復習に加えて、現役時代の教材や高校の授業プリントなどをひたすら繰り返した。この勉強の仕方で問題ない。このまま継続できれば大丈夫だという自信があった。先のA判定獲得によりもたらされたものである。

上期からの継続した取り組みに加えて、下期は過去問にも本格的に乗り出した。京大25年というシリーズがあるが、それらもすべてやり切った。それをこなすだけの体力がついてきたということだろう。

時間はあっという間に過ぎ、秋の実戦、オープンを迎えた。





秋の京大実戦、オープン模試
飽きは夏と違い、現役生も相応に力をつけてきている段階だ。ただ、秋もA判定獲得はマストだ。現役生と浪人生には決定的な違いがある。それは「伸びしろ」だ。現役生はここからも伸びるが、浪人生は既に完成された存在でなければならない。ここでB判定いかに終わることは最早絶望と同義だった。

何としてもA判定を取る。

本番さながらのプレッシャーをあえて自分にかけることにより、模試をさらに有意義なものにした。











結果は・・・


































いずれもA判定だった。

最大限のプレッシャーをかけた中でのこの成果。十分な結果だ。

このあたりから私の意識は「鬼門・センター試験」へと少しずつ舵を切った。





センター試験
センター試験は鬼門だ。京大入試(文系)では配点こそ低けれど、合否に大きく関与してくる。失敗すれば単に点数が不利になるだけでなく、センターから2次までの精神衛生上およくない。1カ月間の勉強のクオリティを大きく下げかねないのである。このセンター試験、何としても成功させなければならなかった。

12月になり、1日のうち3~4時間程度をセンター試験の過去問に充てるようになった。特に理科についてはセンターでしか使わないので、かなりウェイトを高めていった。主要科目については2日に1回解く感じだ。2次試験に対する自信は十分だったので一般的な京大受験生よりもセンターへの意識は高かったと思う。

お正月には友人たちと初詣へ向かった。

必勝を祈願した。

そしてセンター試験当日、私は冷静沈着だった。圧倒的自信。普段の力を出し切ることだけを意識した。センター試験を終えて自己採点。十分に満足できる結果だった。精神衛生上も悪くない。むしろ、ラストスパートに向けて、一層気合が入った。





京大入試、本番
直前の1週間はコンディション調整に再注力した。過去問もそこそこに、体調管理だけに集中していたと言っても過言ではない。問題をやりすぎて、もう脳内で解けるほどになっていた。極力外には出なかった。

ついに2月25日を迎えた。京大入試。


私はここでもセンター試験と同様に落ち着き払っていた。私に解けない問題が出たら、それはこの会場の多くの受験生も同様に解けていないはずだ。そんな自信があり、全く焦ることはなかった。時間が止まっているように感じられた。

私はベストパフォーマンスを出すことができた。





合格発表の日

発表の日、私はともに浪人生活を過ごした友人と過ごしていた。合格発表の時間を迎え、私たちは恐る恐るネットを開いた。








































受かった・・・。



1年間の苦労が報われた瞬間だ。この1年間のあらゆる日、時間が、そのすべてが報われたと感じた。


私は友人と喜び合った。







私たちは恋人同士になった。










以上が私の浪人時代の物語だ。

1年間走り抜けてきた貴重な経験だ。いま、多くの受験生が私立大入試や、国公立2次試験に向けた勉強のラストスパート期間に入っていることだろう。もちろん、原型で合格することがベストだとは思うが、浪人も悪くはない。それが経験者としての正直な感想だ。入学してしまえば浪人も現役も関係ない。社会に出て社畜になってしまえば、なおさらのことだ。

だから落ち着いて、悔いのない戦いをしてきてほしいと思う。





きっと、いいことあるよ。